
前回のルポ(長崎大学 魚料理研究会の1日。「さばけない」が「さばける」に変わるまで)で「まずは切り身から」と答えてくれた松井さんは、長崎大学 魚料理研究会(通称、魚料研)の7代目会長。3年生で、新潟県出身。スーパーの鮮魚コーナーでアルバイトをしていて、お客さんに頼まれた魚をさばくサービスで腕を磨いている。
活動ルポでは一日の流れを追うので精一杯で、松井さんがどう教えているのか、魚をどう考えているのかまでは聞ききれなかった。そこで、活動の合間に改めて時間をもらって話を聞いた。
魚料理に踏み出せずにいる人ほど、拍子抜けするかもしれない。答えは思っていたよりずっとシンプルだった。

7代目会長の松井さん
この日の会は、研究会の中でどういう位置づけですか?
「公民館でみんなで集まって魚をさばいて食べる回。そのタイミングで次に出店があれば仕込みも一緒にやるし、出す料理の試作もする」
この日で言えば、10月3日の出店に向けたイワシとサバの仕込みがそれにあたる。集まってさばくついでに、次の本番の準備も進めてしまう。
魚は2系統ある。漁師さんから仕入れたサバやアオヤガラと、珍しい魚が並ぶ鮮魚店で買ってきたキハダマグロなど。どの魚を買うかは思いつきではなく、部員への事前アンケートで「さばきたい魚」「やってみたいこと」を聞いていて、そこに「マグロ」「珍しい魚」「スーパーにないような魚」と書く人がいたからだそうです。
わざわざ珍しい魚を買ってくる理由を聞くと、返事は短かった。
「みんなここでしか珍しい魚に触る機会がない」
たしかに、キハダマグロやアオヤガラを家で買って練習する人はまずいない。研究会がその唯一の機会になっている。
魚をさばけない人は、何でつまずいているんですか?
いちばん聞きたかった質問。筆者も最初の一匹はひどかったので、手先の器用さの話が出るのかと思っていた。
「まだ魚をさばくのが初めてという人が多い。僕らは自分の包丁を持っているけど、切れ味の悪い包丁だと身がボロボロになることもある。それと、魚の構造が頭に入っていないと、どこが骨か分からなくてボロボロになる、というのが結構ある」
答えは2つ。包丁の切れ味と、魚の構造。切れない包丁は身を押しつぶすし、どこに骨があるか分かっていなければ、包丁が骨に当たって身が崩れる。逆に言えば、切れる包丁と構造の知識があれば、包丁は通るべき道を進む。

切り付けを教える松井さん
骨の話とは別に、切り付けの手元で松井さんが教えていたコツも書いておきたい。柵にした身を、刺身に切り分けるときの包丁の話。
「包丁をちょこちょこ入れずに、一気に引いて、最後に立てる。立てるのは見栄えの問題」
何回も包丁を入れ直すと身が崩れて、断面がきれいにならない。一気に引けば断面がきれいに出る。最後に刃を立てるのは見た目のため。刺身の見た目が変わる、家の台所でもそのまま使えるコツだと思う。
教えなくても、部員は勝手に上手くなるものですか?
活動ルポでも一部を引いた話だけど、ここは全文を載せたい。
「毎回日程が合わなくて来られない人もいるので、1年在籍しても12回来られるわけではない。でも1年に7〜8回やっていれば、いつの間にか人に教える側になっている。1年生が2年生になって新入生が入ると、自然と教える側になる。それを見てみんな成長したなと思う」
年7〜8回。月に1回もない。それでも1年経てば、教える側に回っている。
仕組みは単純で、1年生が2年生になったときに新入生が入ってくる。すると去年教わった側が、今年は教える側になる。誰かが指名するわけではなく、自然とそうなる。この日も調理台のあちこちで、上級生が後輩の手元をのぞき込んでいた。
これは希望のある話だと思う。毎週やらなくてもいい。月1回に満たない回数でも、1年続けば人に教えられるくらいには変わる。

調理台に並んで、上級生も1年生も一緒にサバをおろす
松井さん自身は、どこで腕を磨いたんですか?
松井さんはスーパーの鮮魚コーナーでアルバイトをしていて、お客さんに頼まれた魚をさばくサービスで腕を磨いている。頼まれた魚をその場でさばく仕事なので、練習の機会には事欠かないのだと思う。
得意料理を聞くと、寿司だった。
「自分で寿司も握る。家族や友達に振る舞うことがある。(プロと)比べるようなレベルではないけど、自分で食べる分には、数をこなしていたらおいしくできるようになった」
「数をこなしていたら」。さっきの年7〜8回の話と、言っていることは同じだ。魚をさばくのも寿司を握るのも、回数を重ねればできるようになる、という考え方が一貫している。
この日も飯台の前で握って見せていた。指導中に出ていた言葉の一つが「手は濡らした方がいい」。握り方の全工程は次の記事で。

飯台の前で握って見せる松井さんと囲む部員
熟成とかもするんですか?
寿司を握る人なら、魚を寝かせることもあるのだろうか。軽い気持ちで聞いたら、思ったより面白い答えが返ってきた。
「東日本は寝かせて、西日本は新鮮でコリコリした魚が好き、という食文化の違いがある。僕は東日本なので熟成させた方が好きで、熟成させることもある。水産学部はいろんな県から来るので、東日本の子とは『熟成させた方がいいよね』で話が合うし、西日本や九州の人は『コリコリしたのがいい』と分かれる。それも面白い」
「味付けも雪国なので濃い味が好き」
水産学部には全国から人が集まるので、研究会の中でも好みが割れるらしい。ちなみに副会長は北海道出身。長崎という魚のまちで、東日本の熟成派が会長をやっているのは、なかなか面白い構図だと思う。
ただし、家で熟成をやってみたい人には、松井さんから注意があった。
「自分で釣って血抜きなどをちゃんとしないと。スーパーで売っている魚でやると危ないことがある。自己責任で」
UMASOとしても同じことを言っておきたい。熟成は、釣ってすぐに血抜きと処理をした魚が前提の話。スーパーで買った魚をそのまま何日も置くのは、熟成ではなくただの放置になりかねない。やるなら自分で釣って血抜きした魚で、自己責任で。
一人暮らしで魚料理を始めるなら、何から?
活動ルポにも載せた答えだけど、改めて聞いても同じだった。
「さばくという工程をしなければ、魚料理はだいぶ簡単だと思う。まずはスーパーで切り身を買ってみて、少しずつ魚料理を食べてほしい。それから自分でさばいた方が新鮮だったり、お得だったりするので、挑戦してみるようになるともっと自分でさばくことに挑戦するようになる」
魚をさばくサークルの会長が、さばかなくていいと言う。切り身で魚料理に慣れる。そのうち、自分でさばいた方が新鮮でお得だと気づく。すると挑戦したくなる。順番はこれでいい。一人暮らしの部員の本音は続編の活動ルポに載せます。
今年度はどんな一年でしたか。そして来年からは?
「話をいただいている仕事だけでいっぱいいっぱい。自分から何かしたいと思うこともあったけど、その余裕もないくらい色々お話をいただいている。ありがたい」
「さしみシティの公認団体になって、長崎市のイベントにも呼ばれるようになり、メディアの露出も増えて、業界の中では認知度が上がってきている」
長崎市の「さしみシティ」プロジェクトの公認団体でもあることで、市のイベントに呼ばれる機会が増えた。10月3日にも出店が控えていて、当日の様子は続編のイベントレポートで書きます。いっぱいいっぱいと言いながらも、充実している様子がうかがえた。
部員の集め方も聞いた。
「水産学部の1年生に声をかけると結構たくさん入ってくれる。あとはインスタを見て、他の学部の人も入ってくれる」
「魚をさばいたことのない人も結構入っているし、水産学部でなくてもさばけるようになる人が多い。魚料理が好きであれば、食べに来るつもりだけでも全然来てほしい。4月5月に体験会があるので、楽しそうだなと思えば入ればいい」
「せっかく長崎に来たから入った、という人もいる」
来年からは次期会長にバトンを渡して、松井さんはサポート役に回るそうです。

研究会提供。この日の料理を囲む部員たち
まとめ
松井さんの話を整理します。
上達に必要なのは、回数。月1回でいいので、次の一匹を予定に入れてみませんか。
長崎大学 魚料理研究会の体験会は毎年4〜5月。
研究会のレシピはUMASOにも掲載されています。



